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§ミカンの根中デンプンの簡易測定法
静岡県柑橘試験場
副主任 杉山 泰之
§我国の稲作施肥の変遷(5)
-戦後,昭和40年迄-
ホクレン農業協同組合連合会(JAグループ)
管理本部 役員室
農学博士 関矢 信一郎
§輪島の千枚田土壌とイネ作り
石川県農業短期大学教授
付属農場長(土壌環境科学)
長谷川 和久
静岡県柑橘試験場
副主任 杉山 泰之
ミカンでは豊作年の翌年は不作年になる,いわゆる隔年結果現象が存在する。果樹生産農家からは安定生産技術の開発に対する要望が強く,その現象の解明や対応技術の確立が急がれている。また,平成6年,7年と2年続けて夏季に干ばつがあり,その翌年から全国の温州ミカン産地では大きな隔年結果が発生している。その波は年々大きくなる傾向である。隔年結果の是正に関する技術は昔から研究されているが,なお現在も全国の試験場で新しい技術を研究・開発中である。
一方,当試験場では1989年から樹体内の炭水化物含有率に着目し,隔年結果現象・生産性との関連,分析方法等について研究を進めてきた。その結果,炭水化物の中では冬季の根中デンプン含有率に着果負担や木の栄養状態が鋭敏に反映されることがわかってきた。さらに,簡易にデンプンを分析する方法を検討したので,今回報告する。
静岡県下の代表的な青島温州16園について,無作為に各園5樹を選び,1989年~1991年に毎年12月に着果数,1果重,幹周を調査した。また各樹から5mm程度の根を採取し炭水化物を分析した。デンプンの分析方法は試料0.5gtこ80%エタノール25mLを加え,可溶性糖類を87℃で30分間抽出後,遠心分離により除去し,残渣に蒸留水10mLを加え,沸騰湯煎中で30分間加熱し,デンプンを糊化させた。冷却後,酵素液〔グルコアミラーゼ(Rhizopus,Nagase Biochemicals製,1×104 GUN・g-1)5mgにマルターゼ(粗酵素,東京化成製)10mgを加え,pH5の酢酸緩衝液で50mLに定容したもの〕を加え,40℃で2時間30分加水分解して糖化させた。除タンパクを行った後,Somogyi-Nelson法で定量した。
収量と根中デンプン含有率との関係を調査した結果,これらの間には負の相関関係が認められ,収量が少ないとデンプン含有率が多く,収量が多いとデンプン含有率が少なくなる傾向がみられた(図1)。また収量が同じであっても,デンプン含有率に差がある場合が認められ,これは日照条件や前年の収穫量,土壌条件,施肥量などが複雑に作用したものと考えられた。以上の結果から,冬季の根中デンプン含有率は栄養診断の指標となると考えられた。

冬季の根中デンプン含有率と翌年の着花数との関係を検討した。その結果デンプン含有率と着花量の間には,正の相関関係がみられ,デンプン含有率が高いほど翌年の着花数は多くなる傾向であった。相関係数は初年目0.74,2年目0.76となった(図2)。

このように,冬季の根中デンプン含有率と翌年の着花数との間に関係があることが明らかになったことから,着花量の推定の指標として利用可能と考えられた。
冬季の根のデンプン含有率を調査することで,様々な情報が得られることが明らかになった。しかし,従来行っていた酵素分解法では操作が煩雑で分析に長時間を要するため,多数の試料の分析が困難であった。そこで農協の生産指導技術員や農業改良普及員でも簡単に分析できる方法を検討した。
実験材料には,静岡県各地において栽培されている露地栽培のウンシュウミカン’青島温州’を用いた。21園地より1996年11月29日から12月1日にかけて採取した中根(直径約5mm)を分析試料として供試した。採取した中根は洗浄後,80℃で通風乾燥し,微粉砕したものをデンプン測定用試料とした。
試料中のデンブンを簡易に抽出する方法を検討するため,A:デンプンを糊化させるための熱処理法3水準とB:上澄み液の分離法2水準を組み合わせた2元配置実験計画法として検討した。
5点の異なる試料(根)0.10gにそれぞれ直接蒸留水10mLを加えた後,A:熱処理法(3水準①湯煎中100℃で30分間②オートクレーブ中115℃で15分間③オートクレーブ中115℃で30分間)を行い,デンプンを糊化させた。その後,B:上澄み液の分離法〔2水準①ろ過(ろ紙:No.2,Φ110mm,ADVANTEC製)②遠心分離(3000rpm,常温で5分間)〕で沈殿物と分離した。得られた上澄み液に6molL-1の塩酸を駒込ピペットにより3滴加え,さらに0.05molL-1のヨウ素溶液を2mL加えて反応させた後,50mLこ定容とし,660nmにおける吸光度を分光光度計で測定した。デンプン標品(でんぷん溶性・関東化学製)について求めた吸光度-デンプン濃度の検量線からデンプン含量を求め,これらの結果から抽出方法として検討したA,B2要因の測定値に及ぼす影響を解析した。なお,対照区は従来法の酵素分解法で行い,各区2反復で行った。
量の異なるデンプン標品にそれぞれ蒸留水を加え,沸騰湯煎中で糊化させ,ヨウ素溶液を加えて定容後,660nmにおける吸光度を測定したところ,デンプン濃度と吸光度の間に高い相関(R2=0.9997)が認められ,簡易法における検量線としての使用は十分可能であった(図3)。

デンプン抽出を行う熱処理方法を比較すると,オートクレーブ中115℃で15 分および30分処理では,いずれの試料でもほぼ同じデンプン含量値を示し,従来法によるデンプン含量値が約7.6%以下になるとそれに比べてやや低くなる傾向にあり,約11%以上ではやや高くなる傾向にあった。しかし,湯煎中100℃で30分間処理では,いずれの試料中においてもデンプン含量値は従来法より低くなる傾向にあった。一方,上澄み液の分離方法を比較すると,遠心分離をする方がろ過をするよりデンプン含量値は高くなり,従来法での値が約11%以上になるとそれより高い値を示す傾向であった(表1)。

以上より,オートクレーブで熱処理し,遠心分離を行う方法を用いることが,従来法で得られるデンプン含量値により近似した値が得られる結果となった。しかし,湯煎中100℃で30分間熱処理し,ろ過を行う方法では,試料中に含まれるデンプンの含量値は従来法に比べて低くなるものの,含量値の高低は的確に表わされ,また,簡易迅速で特別な機器も使用しないことから生産現場においては実用的であると思われた。そこで実験2では,デンプンの抽出方法として湯煎中100℃で30分間熱処理し,ろ過を行う方法を用いることとした。
約40点の根の試料を用いて簡易法では実験1で検討した結果より決定したデンプン抽出方法を用い,簡易法と従来法でデンプン含量を測定し,両方法による測定値間の関係を検討し,簡易法の実用性について検討した。
根の試料における簡易法と従来法によるデンプン測定値間には高い相関関係(r=0.981**)が認められ(図4),回帰直線y=1.21x+0.148が推定された。また,回帰式(y=ax+b)の係数a,bの信頼度95%信頼区間はa=1.21±0.075,b=0.148±0.277,回帰直線の推定の標準誤差は0.587であった。

推定値yの95%信頼区間は
y=121x+0.148±0.19

で示された。
これらのことから,ウンシュウミカンの根から調製した試料を湯煎中100℃で30分間熱処理し,ろ過を行う方法でデンプンを抽出し,ヨウ素比色法を用いてデンプンを測定する簡易法では,煩雑なデンプン抽出および糖化操作の必要もなく,多点の試料を短時間に測定することが可能となった。また,従来法と比べて測定値はやや低くなるものの相関が高いことが明らかとなったことから,多くの生産現場に即応できる測定方法と考えられた。
以上の結果から,迅速で,特別な薬品や機器を用いることなくウンシュウミカンの根のデンプンを簡単に測定できる簡易法の操作手順を以下のように考えた。
1)採取した根を十分洗浄した後,80℃で通風乾燥後,微粉砕(振動ミル)する。
2)粉砕試料0.10gに蒸留水10mLを加え,沸騰湯煎中で30分間加熱し,デンプンを糊化させる。
3)糊化したデンプンを含む上澄み液と沈殿物を分離するためにろ過を行い,ろ紙上の残渣を数回洗浄後,ろ液を50mLのメスフラスコ中に入れる。
4)6molL-1の塩酸を駒込ピペットにより3滴加えて微酸性とし,さらに0.05molL-1のヨウ素溶液を2mL加えて反応させた後,蒸留水で50mLに定容する。
5)分光光度計を用いて言鵡ヰ溶液の660nmにおける吸光度を測定する。
6)可溶性デンプン標品について求めた吸光度-デンプン濃度の検量線から試料中のデンプン濃度を求める。
なお,試料1点当たりの測定時間は従来法では9時間要したのに比べ簡易法では1時間程度と著しく短縮され,1日当り100点以上の分析が可能であった。
分析上の注意点として
①分析試料は微粉砕する(粉砕が不十分な試料では分析値が低くなる)
②デンプン含有率の高い試料ではろ過に長時間を要する
③デンプンの標準物は試薬会社により分析値が異なる場合がある(今回使用したのは関東化学製のポテトを原料とする「デンプン溶性」であり,アミロースとアミロペクチンの混合比が約11対89のものだった)
④ヨウ素溶液は薬局で販売しているヨウドチンキ(ヨウ素3g100mL-1)を5倍にうすめたものでも代用できる
⑦正確な分析値を求めたい場合は一度常法と比較し確認する必要がある
等である。
現在当試験場ではこの分析方法を用い,冬季根中デンプン含有率の適正値を調査中である。
1)大城晃・杉山泰之・片山晴喜・河村精・久田秀彦・岡田長久:ウンシュウミカンにおける冬季根中デンプンによる樹体栄養診断の開発,土肥誌,71,259-262(2000)
2)杉山泰之・大城晃:ウンシュウミカンの栄養診断のためのヨウ素比色法によるデンプン簡易測定法,土肥誌,72,81-84(2001)
ホクレン農業協同組合連合会(JAグループ)
管理本部 役員室
農学博士 関矢 信一郎
昭和20年,我国の硫安生産量は戦前の5分の1,過石・硫加は原料の輸入途絶で供給量はゼロとなって8月,終戦を迎えた。この年は天候の不順もあって大凶作となり,その上台湾・朝鮮など外地からの米の移入も不可能となった。
政府は肥料資源の確保のため補助金を出すと共に占領軍のGHQに肥料工場の繰業許可を求めた。翌21年,GHQは化学肥料の緊急増産命令を出し,石炭・鉄鋼と共に重点的に原料・電力を供給することにした。
この結果,肥料の生産は昭和23年には戦前の水準に復活した。政府は22年に肥料配給公団を設け,肥料供給の円滑化を図った。その後肥料の供給は順調に伸び,硫安は26年にはほぼ自給可能,以降は在庫が増え,輸出にまわされる様になった。政府は25年,肥料取締り法の制定,統制の撤廃,肥料配給公団の廃止と肥料行政を大きく転回していく。
一方,技術普及組織が昭和23年,試験研究機関が25年と再編され,土壌調査施肥指導の体制が整備された。
この中で昭和26年,農林省営農改善課は首都近郊の水田・畑地帯の典型的な集落について施肥慣行の調査を行い,それぞれについて10年前のものと比較している。その水田の部の一部を表1にまとめ掲げた。


水田10ヶ集落の平均値でみると,三要素成分の全量は反当り2.99-1.69-2.10貫で,現在の施用量に比べ窒素・加里で多く,燐酸で少ない。ただ化学肥料では少なく,特に窒素で少ない。使用されている肥料の種類を見ると,購買肥料では硫安・石灰窒素・過石・硫加で,有機肥料は殆んどない。魚粕・豆粕は供給が少ないことにもよる。一方,自給肥料では堆厩肥は当然としても下肥・草木灰の施用も依然多い。
これらを昭和14・15年頃のものと比較してみると,硫安はやや増えている程度であるが,石灰窒素が倍増し,窒素成分量ではほぼ同じとなっている。燐酸・加里も全量で増えているが,この増加分は化学肥料によっている。有機質肥料では魚粕・豆粕共に殆んど使われていない。
自給肥料では堆肥・草木灰はむしろ増え,下肥も10%減にとどまっている。これは戦中・戦後を通じての自給肥料増産の名残りであろう。
関東近県ではあるが地域性をみると,化学肥料の地域間差が少なく,自給肥料に差がある。例えば堆厩肥では100~300貫/反,下肥も0~17貫/反と差が大きい。これは戦後のこの時期でも自給肥料の給源に地域差があることを示していて興味深い。
なおこの時期(昭和21~27年)の水稲収量は,2.1~2.3石/反(310~340kg/10a)であった。
農林省は昭和28年から施肥改善事業を開始した。昭和25年の肥料統制制度の撤廃以来,水稲における施肥量は増加し,肥料代は農家の現金支出の35%程度となった。一方で倒伏が著しくなるなど,施肥の合理化が求められた。この事業は土壌調査,潅漑水質分析,施肥慣行調査,施肥標準試験(3ヶ年)がセットになったもので,12年間,2500ヶ所126万町歩に及んだ。
その中の昭和31年調査の方制巴慣行の一部を表2に示した。なお,この年のものは山間地のものが多い。この頃は未だ堆肥も1t/10a程度施用されており,秋落ち対策として珪カルの施用もみられる。有機質肥料が減少し,化学肥料が大半を占める様になっている。

昭和32年の化学肥料施用量を作物統計から表3に掲げた。全国平均で三要素成分量は7-5-5kg/10aとなるが,堆肥750kg/10a(200貫/反)程が施用されているので全量には各3kg程度が上積みする必要がある。

この表から,各成分共県による差が大きいこと,窒素・加里が南の県程多いこと,燐酸追肥も一部で行われていたことなどが読み取れる。また,この時期には後述する秋落ち対策が確立していて,無硫酸根肥料が使われている。加里追肥が南の県に多いのも秋落ち対策であろう。
昭和30年代後半になると,それ迄急増していた水稲収量の伸びが停滞した。因みに戦後の15年間でほぼ100kg/10a上昇している。
この時期は,いわゆる経済の高度成長期にあたり,稲作においては耕転機の導入に伴い堆厩肥が急速に減少した。施肥法でも全層施肥,基肥-穂肥体系が定着し,秋落ち対策として無硫酸根肥料も出揃った。
収量停滞の原因は栄養生長期の過繁茂と生育後期の登熟不良にあると推定され,施肥体系の見直しが始まった。農林省は昭和41年各県の施肥標準を基に各地域農試に検討を求めた。42年に出された集録からいくつかを表4に掲げた。

この数値は各県が定めた施肥標準で,農家施肥慣行の調査とは異なる。例えば堆肥施用は殆んどされておらず,化学肥料の施用量は標準より多いと推定される。米の生産費調査によれば昭和41年の窒素施用量は9.5kg/10aである。穂肥は全国的には定着しているが,北海道・青森などでは冷害対策として,天候次第としている。比率は15~40%程度,南ほど多く,回数は1~2回,実肥は未だ出ていない。全体として以前から認められている北日本の基肥重点,南日本の追肥重視を読み取ることができる。
北海道の止葉期追肥,青森の深広追肥,山形の晩期追肥など北日本の追肥法は一部普及しているものの,この施肥標準には出ていない。
水稲の秋落ち現象については,戦前から西南暖地において注目されていた。この現象は老朽化水田と関係しているとして,昭和20年から本格的な研究が実施され,22年その生理的な機構が解明された。
秋落ち現象の主因は,土壌中の硫酸根が還元されて発生する硫化水素が根系に障害をもたらすことによる。通常の水田では土壌中の活性鉄が硫化水素と反応して硫化鉄になるため,根腐れは発生しない。老朽化水田では活性鉄が還元条件で二価鉄イオンとなって下層ヘ溶脱し,作土に活性鉄の含量が低下している。この様な場合,珪酸も溶脱,下層ヘ移動していることが多い。
昭和22年から農林省は秋落研究と併行して酸性土壌・秋落水田などを対象に低位生産地調査事業を開始した。これに伴い大正10年以来の施肥標準調査を中止した。
調査の結果,秋落水田は全国に拡がっており,全水田面積の20%,60万haに達することが明らかとなった。農林省はこの対策として昭和27年,耕土培養法を制定して含鉄資材・優良粘土の施用を助成した。
一方,施肥対策としては,硫酸根が原因物質であることから無硫酸根肥料による栽培試験の展示が昭和27年から行われた。当時,無硫酸根の窒素肥料としてはすでに石灰窒素が使われていたが,この後急速に需要が伸びている。30年代後半からは尿素や塩安が施用される様になった。過石に替るものとして熔成燐肥が,加里では塩化カリが使われた。老朽化水田の作土では珪酸含量も低下していることから,珪カルも秋落対策の土壌改良資材として使用された。
戦後,昭和40年頃迄に多くの肥料や資材が開発されたが,秋落対策にかかわるものも多い。以下にそのいくつかについて述べる。
尿素は昭和初期に輸入されたが吸湿性のため固化しやすく普及しなかった。昭和28年,この点を克服した生産・流通が可能となった。以降,秋落ち対策としての有効性が認められ,急速に普及した。
昭和10年代,硫酸の需要が急増し,硫安に替るものとして試験が行われた。その結果同等の効果が認められ,一部で普及していた。戦後,無硫酸根肥料として注目され,秋落ち対策に広く使用されている。
これも硫酸不足に対応して過石の代替として開発されたものであるが,無硫酸根肥料として秋落ち田での肥効が認められ急速に拡がった。これには珪酸や苦土も含まれており,多面的な機能が期待されている。
稲株間の中央に干鰊を差し込む所からヒントを得て,粘土や泥炭と肥料を混ぜ団子状にしたものである。肥効の発現が遅く,秋落ち対策に用いられた。昭和30年代には,青森県で深層追肥の資材として利用された。
西欧では石灰資材とされているが,我国では水稲に対する珪酸源として施用されている。老朽化水田ばかりでなく,広く使用されている。
戦前から流通していたが,戦中は製造が禁止されていた。昭和25年,生産が再開された配合肥料に対し割高であったが,その後価格が低下し,急速に広まって現在に至っている。
なお,昭和24年~41年の米作日本一事業(後農業日本一)は本稿の時期と重なるが,別稿で取り上げたい。
石川県農業短期大学教授
付属農場長(土壌環境科学)
長谷川 和久
千枚田地域は,図1のように能登半島外浦の輪島(北緯37度23分,東経136度54分)の東方10kmにあり,標高100~200mの山々から流れ落ちる幾本かの沢の1つをはさむように位置している。日本海を前にした北向き斜面において30~35°の勾配で国道249号線をはさみ,水田はまわりをびょう風のように取り巻かれる丘陵地を背して,海岸付近より標高約60mのところまでにある。この海沿いに現在約800枚ある棚田状水田が通称「輪島の千枚田」である(図2)。総面積は1.5ha程度とされている。かつて明治のはじめ頃には2000枚余,約2haあったと言われる。


現在イネ作りは主に白米(しらよね)集落19戸の人々によって行われているが,飯米や縁故米作りが主で販売用は僅かである。しかし,集落の家並は立派である。これは林業や和牛の子牛肥育(大きく育て肉牛として販売),出稼ぎ,地域外労働など農外収入によって支えられてきた。近年,農業現場における就業者の減少が,農産物の販売価格低迷とともに全国的に問題視されて久しい。
当該棚田地区における営農従事者の確保は難しく,老齢化と農繁期の人で不足から,約1/3の水田面積が一般市民ボランティアや農業団体職員らの援農でイネ作りが維持されているものの,従来のような管理が十分に行き届かないのが現状である。

千枚田の気象条件を気象庁の輪島測候所データでみると,月別平年気温の最低は2.5℃(2月),最高は25.2℃(8月),初霜は11月26日,終霜は4月13日となっている。また,水稲栽培期間5~10月の平均気温,降水量,日照時間は表1のとおりである。

5月と8月は晴れた日が多い。また,9月は秋雨前線の影響を受け降水量が多く,晴れた日が少ない傾向である。
表層の地質は火山岩性岩石に由来し,主に安山岩質岩石で,新第三紀の中性ないし塩基性の火山岩および火砕岩である。
土地分類による区分では,まず,沢を中心にグライ層が50cm以内に出現しない灰色低地土壌(GL)が存在し,東側の珠洲市寄りでは土壌層が極めて浅い岩石地(RL)が存在する。さらに西側の輪島市寄りの海沿いでは,砂質からなり,層位の分化が明らかでない砂丘未熟土壌(RS)等が存在する。
標高約50mにあるポケットパーク(観光バス駐車場等や展望台あり)付近から南西のやや高い所に位置する洪積台地上の水田は,石川県下で約20ha存在するとされる礫質灰色台地土であり,表土および有効土層が浅い。なお,千枚田を含むこの地域一帯は地すべり危険区域で,この中に水田約17ha,畑7haが存在する。
少ない面積にもかかわらず,この地域で収穫される米はおいしいとの評判が聞かれて久しい。ちなみに,かつて輪島の旦那様方に納められた年貢米には,千枚田の輪島側山手の水田で収穫された米が指定されることが多かったと口承されている。そこで筆者らは,約300㎡に1点の割合で27ヶ所について水田表土の理化学性を調査し,千枚田の土壌と収穫される米との関連について検討した。調査は,1996年の耕起前に採土した風乾土を対象とし,その理化学性を分析した。結果の概要と特徴は以下のとおりである。
土色は,全般に暗褐色(10YR3/4,10YR4/4)の所が多いが,東側(珠洲市寄り)では明るい色の所が多かった。
土性は,粘土の含有量が20~30%を占めるものが多いため,埴壌土(CL)や軽埴土(Lic)が多く分布した。なお,粒径組成の平均値は粗砂27.8%,細砂22.0%,シルト24.1%,粘土26.1%であった。
ところで調査時には,千枚田の水田を畑に転換し,長期間家庭菜園として使用されていた土壌も調査対象に入れた。この土壌は粘土10%強,微砂約30%の土性を示し,周辺の水田と比べて相対的に速く壌土ヘ風化が進行しつつあることが観察された。長年にわたる多種類の畑作物栽培と,それに伴う耕うん砕土,有機物の搬入施用による団粒化促進などの影響が考察された。
土壌pHは4.0~6.4の範囲であった。また,土の肉に相当する腐植の含有率は,図3のように平均3.9%(範囲2.2~8.0%)であり,同含有率が約5%の「腐植が富む」状態の所が4分の1を占めた。ちなみに土壌診断基準(農林水産省地力保全調査事業,指導要項,以下同じ)では,埴壌土の場合,腐植含有率は3%以上であることが望ましいとされている。また,位置との関係では,輪島市側の水田における腐植含有率は珠洲市側の1.5~2倍であった。この結果は,土色に対応しており,明るい土色の東側(珠洲市寄り)に比べて暗褐色の輪島市側で腐植含有率が高い傾向にあった。従って今まで米がおいしいとされてきた輪島寄りの水田は土壌腐植含有率の高い土壌の多いことが分かった。

全窒素含有率は,平均0.21%(範囲0.09~0.41%)であり,加賀平野の水田に比べて50%程度高かった。炭素率は,平均11.2%(範囲5.9~26.2%)であった。このように土壌中の有機物含有量は総じて多い傾向であった。
また,図4のように有効態リン酸含有量は土壌100g当たり平均68mg(範囲18~130mg)であった。土壌診断基準では10mg以上が適当とされているので,千枚田土壌は有効態リン酸含有量の多いことが分かる。

保肥力の指標ともなる陽イオン交換容量は土壌100g当たり平均で36.1meq(範囲29.6~42.3meq)と大きく,施用された肥料分が比較的長く保持される。
リン酸とともに米質に関与する塩基性成分量については表2のとおりであった。

カルシウムやマグネシウム含有量が多く,特に後者は富んでいると見られた。これは,母岩中のマグネシウム含有量が多い緑泥岩の風化および海由来の海塩微粒子,両者の影響を受けていると考えられる。
ちなみに塩基飽和度は平均60%(範囲41~73%)で,この項目も土壌診断基準適正値(40~80%)の範囲内であった。
なお,土壌に対する海の影響を施肥成分でないナトリウムについて調査地点の位置と土壌中の交換性ナトリウム量との関係を示すと図5のようになる。これによると,海沿いの水田は大きく,沿岸に比べて山に近いところは小さく海の影響が著しく少ない。しかし,図中右手から左手(珠洲市側)のやや山側にかけて量が減少傾向にあるものの絶対量が右手輪島市街側,中程で山手に比べ明らかに大きい。これはこの千枚田地域で年間を通じて矢印の方向に海から陸ヘ吹く北西の風雨方向に対応しているものと考えられる。なお,輪島市側の国道より下方で土壌の交換性ナトリウム濃度が低いのは,右手に位置するポケットパークの高台(崖)が地形的に北西の風をさえぎる役目をしているためと考えられる。

イネ(コシヒカリ)の刈取り期における性状について中央部および国道上手山側水田の試料を調査した結果は,表3の通りである。イネを刈取り適期のやや前に採取し,吊り干し後調べたため,登熟歩合がやや低い。この例では,穂数と一穂着粒数が収量に貢献している。籾中の窒素含有率は1%強で粗タンパク含有量は約6%と高くなく良食味米づくりにつながっていることが考えられる。また,この地域で収穫された米について市販の食味計(ケット社製)を用い,値を観察した例では,早生種のとひかり68~75,中生種コシヒカリ60~62であった。ちなみに静岡製機社製ではプラス10,ニレコ社製ではプラス20程度の値に相当すると利用者は話している。

写真2のように,平地の水田と違い,座布団大の水田も二方(二辺)あぜを塗り,たん水し,5ヶ月間イネを育てるには目配りが必要とされる。

この配慮を年々継承し,今日に至っている。作業の中にみられる基本は,①あぜ,法面(斜面)等の草やわらを田に入れる(有機物・腐植の搬入),②がけやあぜの表面を削り,田に散らす。これによる微量成分を含む新しい土の搬入客土(ケイ酸や鉄などの成分施用),および③土質が砂質のところを含めて全般に粘土や微砂含有量が多いので水分の保持がよい。このため結果的に刈取り時期近くまで通水が可能で,イネの秋落ちが防止される。これらに加えてイネ束(籾)のはさがけ自然乾燥も部分的になお行われており,おいしい米が生産される環境にある(写真3,4)。


これらの作業は相対的に多収とされる平野の稲作地帯では省力化,化学化,機械化推進のもとにすでに消えたものである。千枚田でこのような作業ができる大きな背景として,集落で用・排水や農道の管理をする共同作業,集落の行事計画における農作業への配慮,行政の間接的支援他の存在がある。例えば,現在地元行政(市)から千枚田の景勝保存会ヘ年間200万円余の助成があり,歩数(面積)と田の枚数を配慮して耕作者ヘ補助がなされている。40a余120枚を耕作している農家の例では約40万円余の金額となっている。
しかし,昨今の道路整備や通信情報網の普及等で,全国的に今後一層時間距離の短縮と生活の均一化が進み,当該半島過疎地域では向都離村もまた進行するものと考えられる。
一見現代の各種産業における作業技術の進歩に対比すると「時代遅れ?」のような印象を受ける千枚田の農業を維持する地域的な効果として以下のことが挙げられる。
1)集落の維持と過疎化を防げる。平成15年の能登空港開港(予定)により輪島-東京間が90分となる。
2)稲作をはじめ,農林業の基礎的な知識・技術が継承される(写真5,6)。


3)汚水などに影響されない安全な米や野菜が生産される。
4)地滑り,傾斜地環境の防災保全に役立つ。表土流失・がけ崩壊等により,泥が沿岸の海ヘ流出すると,ノリやあわびやさざえ他の漁場が消失する。ちなみに千枚田の棚田では,一枚一枚の田にあぜ塗りする時,水口と水尻の作り方は,図6のようにこれらが平面的に重ならないように配置される。これは用水と肥料施用量の節約,汚水浄化と大雨洪水時の水田による水流の速さをゆるめ,あぜの決壊を防ぎかつ,貯水機能の効率化等に役立っていることがよくわかる。

5)教育と啓蒙の効果。
6)美しい春夏秋冬の四季に応じた景観資源が確保でき,観光にかかわる雇用と収入が得られる。
今までのところ,輪島の千枚田地域は維持されてきた。しかし,特に「農が壊れる」という言葉に象徴されるように,農林業を取り巻く国内外の状況の中で,これからもその生産環境を確保していくには何らかの農外よりの支えが必要と見られる。例えば,労力を補うか,もしくは販売価格や所得を保証すること,あるいはボランティアや,福祉政策,文化遺産保存等々,実のある選択支援が必要と考える。
輪島における第7回全国棚田サミット(2001年9月)を機会に,広く千枚田や類似環境の支援に国民の理解が増せば幸いである。
1.石川県 地力保全基礎調査 石川県耕地土壌図(昭和54年)
2.沖津陽子 千枚田の土壌に関する研究 石川県農業短期大学卒業論文(1997年)
3.経済企画庁総合開発局 土地分類図 石川県(昭和49年)
4.東京天文台編 理科年表 平成11年 丸善(1998)
5.長谷川和久 輪島の千枚田に教わるおいしい米作りの方向 農業および園芸71巻 995-1000(1996)
6.長谷川和久 支えたい千枚田の景勝保全 北陸中日新聞(1996年7月30日)